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タカコナカムラ時々ブログ


「料理は未来をつくる」―私が再びホールフードを伝える理由。
料理は未来と命をつくる生き方。ホールフードで「まるごと考える」選択を。
2025年12月6日


おせち料理は「買うもの」でいい?
おせち料理が持つ文化的な意味を取り戻し、発酵と養生の知恵で家庭の味として未来へ残すことの重要性
2025年12月4日


お盆とご先祖様
8月13日の夕方にお墓にご先祖様を迎えに行く。墓に向けて背中を差し出し、『さぁ、帰るよ』と声をかける。 その日からご先祖様たちは、3泊4日、16日の早朝にあの世の扉が閉まるまでにお帰りになるらしい。 我が家にはリビングに、友人のデザイナーが作ってくれたモダンな仏壇が鎮座。 お盆とお正月、お彼岸には、ステージ(?)が迫り出す作りになっております。 朝晩、私たちと同じ食べ物をお膳に作りお供えしています。晩酌も忘れずに。 こういう仏事も姿を消しつつあります。 結婚しない人も増え、子供の数も減り、もはや『墓』も『お盆参り』も本来の意味を理解する人もいないのです。 かつて、『千の風にのって』あたりから、 墓には誰もいませんが広がり、墓参りの価値が薄くなってきた気がします。 うちの母親は、立派な墓や長い院号にこだわり、生前に院号もゲットし、お墓に灯籠やらオプションの細工物を建てることに異様な情熱を持っていた。 そういう人は、もはや天然記念物。 夫婦でも、夫の墓には入りたくないという妻も増え、おひとり様は、合同墓地を予約。 なんだかなぁーーと考えさせられる20
2025年8月16日


4回目の葬儀参列
私は、これまで、3回、生徒の告別式に参列しました。 これほど、悲しくて情けないことはありません。 入学前から闘病中で、やっと探して入学してくれる人も少なくありません。 もちろん、ベジブロスやホールフードの料理メソッドを通じて 「生きる力」を見つけ元気になっている生徒もいます。 昨年、基礎コースに入学してくれた女性がガンで天国に旅たちました。 「もう二度と生徒の葬儀になんて出たくない!」と心に誓い、嫌われようが 批判されようが、食だけではだめだ、暮らし、農薬、環境まで考えないと 「健康」になれないことを料理教室を通じて訴え続けてきた私。 告別式は、故人の人柄を表すように、同世代の若い友人たちが目を真っ赤にしていた。 ひとりで立つのがやっとの大学生の娘さんを私はまともに見ることができませんでした。 病気にならないために、通ってくれたんだと思う、それなのに、こんなに早く旅立つなんて・・・・ 先生、失格。 遺族に責められても仕方がないと思います。 昭和医大に入院して闘病していた彼女は、朝日をみては、希望を持ち、戦うとメールをくれていました。...
2025年7月26日


カムバック!隠岐島のアラメ
私は40年近く、ずっと隠岐島のアラメを使ってきました。 初めて知ったのは、マクロビオティックの大御所小川みち先生の料理教室。 運営していた、大竹さんという、これまた、濃いーー志し高いオジちゃんが売っておられた。 それから小川先生も大竹さんも他界。 それでも隠岐のアラメに代わるものなし!で使い続けてきた。すごく美味しいのだ。 ところが隠岐島にも温暖化の影響。 アマさんが潜っても、アラメはもうないという。 アラメの仕入れ先、池田海産物店の池田さんは静かに嘆く😢。 もう、隠岐にはアラメ捕れん! もちろん、ネット上では、隠岐なのか、中国産なのか?アラメは売られています。 でも、アラメなら何処のでもではなくて、私は隠岐のアラメがいいの。 そこで、オジちゃんに相談したら 「島を探して送ってやろうか? そこまで好きっちゅーなら、利益はとらんから、島の店で買って送ってやるさ」 何という男気。隠岐島気。 こうして、細々とタカコナカムラホールフードスクールの購買部のみで、アラメを並べている。 数は常に限定です。 かつお節も昆布も、海水温度が上がり、磯焼けが起こり、
2025年7月9日


夏至
「夏至(げし)」とは、一年で最も昼の時間が長くなる日のことを指します。 二十四節気のひとつで、今年は6月21日。 夏至の象徴的な意味は、「陽」☀️が極まり、「陰」🐦⬛に転じる節目として、エネルギーの大きな動きがあるわけです。農耕文化では重要な目安とされてきました。 夏至には、祝日でもないし、全国区的な行事は少ないため、パッとしないけど、大切なのです。 夏至の後の「夏越の祓」(なごしのはらえ)」とセットで重要。 毎年、6月30日、全国の神社において行われます。 上半期の厄や穢れを祓い、無病息災・清々しい心身で後半を迎える節目の行事です。 茅(ちがや)という草を束ねて作られた大きな輪「茅の輪(ちのわ)」をくぐって、半年分の穢れを落とす神事。 さらに、忘れてはいけないのが、形代よ。 ①形代(かたしろ)という、紙の人形(ひとがた)に「氏名」「年齢(数え年)」を書きます。 ②形代に穢れを形代に移すために、息💨を3回息を吹きかける。 ③ 頭から足まで、身体をなでるように形代に念じます。 ④ 神社に設置された箱や祭壇に納める。 ⑤ 焚き上げ、または川に
2025年6月21日


大学生にベジブロス講義
故郷山口県山陽小野田市には、市立になりました。 薬学部も創設され、人気の大学になりつつあります。 6月4日、虫歯の日に薬学部の学生さんたちに、な、なんと! タカコナカムラの十八番の『ベジブロス』をお伝えして参りましたよ。 東京の大学生とは違い、茶髪率低いし、皆さん、真面目に聴いてくださった姿にはグッときました💦 ここには『農園部』もあり、質問も沢山。 大学は山陽小野田市のハズレのハズレにあり、学校前の空き地には雑草が風に揺れている。 帰りにふらっと立ち寄るカフェもパチンコ屋、ゲーセン、コンビニすらない。 学食はあれど、学生全員を食べさせるキャパではないそうです。 担当の教授に、キッチンカーは?と尋ねると。『たまーーに、ピザ屋くらい。やれば需要ありますよー』 ほらねー、ほらほら。 私は帰りの飛行機乗る前には、地元の在住のタカコナカムラスクール卒業生に『キッチンカーやりなさい』とメール済み。 久しぶりの大学生を前に、我が人生を振り返ると、京都での大学4年間、遊びほうけていた。 その頃は遊びも人生の肥やしなるはず、人生勉強と校外活動を優先にしていた。
2025年6月19日


鍋屋再燃ぐつぐつ物語:その2
鍋屋になったタカコ。 1人じゃちょい不安になり、大先輩、友人のエッセイスト松山猛御大の奥様、ユキコさんなら声かけてみた。 ユキコさんは、台湾人で、その頃、子供たちだも仲良くして、私のことを『タカちゃん』と呼んで、可愛がってくださっていた。 事務所はユキコさんちで、電話も引く。 会社の名前は、確か『ケラモス』だったような記憶。名前の由来は、ギリシャ神話の神様の1人、陶器の発明者。「土器」を意味する。 深くは考えてなかったなぁ。 ある日、テキサス州の鍋屋に発注したステンレス多層鍋がどひゃーと届いた。 狭いマンションは足の踏み場もない。 これをどうやって売るのか、鍋代の支払いなどなど、全く考えてもなく、 届いたピカピカの鍋を眺めるだけで幸せな気分。 段ボールを開けて鍋を取り出す。 いろんな料理を作りまくる。無水調理、抜群👍コレだ、ステンレス多層鍋ってのは、とかの鍋を売り、御殿を建てようぞと、レシピ作りの日々。 使い始めてしばらくすると、取っ手のネジが何かと緩みやすいことに気づく。 キッチンに常に🪛ドライバーを置いてないと使えなくなった。...
2025年6月18日


鍋屋再燃ぐつぐつ物語:その1
私は鍋フェチ。今でも家中、鍋だらけ。 鍋にハマったのは、かれこれ40年以上も前。 ホールフードの師と仰ぐジャーナリストの 丸元淑夫さんの『システム栄養学』なるものに傾倒し、理想的な料理『オプティマル料理』を我が人生のゴールに決めたその日からはじまったのでした。 丸元先生の本に、やたらに 『ステンレス多層鍋』が登場。栄養を損なわない料理の必須アイテムとして置かれていた。 『無水調理』をみた時、びっくらこいた。 もしかして、野菜料理に最強かも? 1980年代後半、アルミ鍋全盛、ステンレス多層鍋なんかB社以外にはないくらい、稀有なものだった。 先生の本にも、料理はコレ!みたいにB社の鍋でまくり、欲しくてたまらなかった。 その頃のタカコには高くて買えない高嶺の花よ。 アルバイトをして、やっとこさ1個買いました。 毎日、無水調理。無油調理よ。夢の鍋がキッチンにあるだけで、料理が益々、好きに❤️ そしたらどーよ、しばらくすると持ち手が焦げて、臭い。 すぐに持ち手グラグラとネジが緩むわけ。 『こんな、高価な鍋がこんなんじゃーさー ダメじゃんーー』とメーカーに.
2025年6月17日
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