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タカコナカムラ時々ブログ


「この子のごはんも私が作る」再び始まった犬と手作りのごはん。
運命的に迎えた愛犬「ティナJr.」への手作りごはんを通じて、料理家としての原点を振り返るタカコナカムラ。安全な卵や自家製カルシウムなど、厳選した素材で愛犬の命が輝きだす過程を綴り、人も犬も「食べたものが体を作る」というホールフード共通のメッセージと、家族の健康を守る食の力を届けます。
2025年12月21日


「チャンスの神様の前髪」を掴むために。ある食堂での悔しさ。
効率的に設計されたある食堂を訪れ、猛烈な悔しさと羨ましさを感じたタカコナカムラ。料理は思想ではなく火加減や手の動きという技術であると説き、システム化される現場に寂しさを覚えつつも、自身の中にまだ燃える火種を確認します。次のチャンスを掴むため、料理の体温を残す決意で再び台所に立つ記録。
2025年12月18日


「逆走」か「原点」か。料理をしない人が増える今、私が伝えたいこと。
効率や便利さが優先され料理をしない人が増える現代に、あえて料理をしようと誘い続けるタカコナカムラ。使う人がいなければ本物の調味料や伝統食文化は消えてしまうと危惧し、料理こそが未来の自分を作る「基礎工事」であり、生きるための基礎体力であるという、ホールフードの原点の想いを届けます。
2025年12月17日


満月の夜、心の舵を15°だけ切ってみた話。
理想と現実の間で忙しい日々に追われる中、冬の満月の夜にほうろく屋・杉崎学氏の熱い言葉に触れ、生き方を見つめ直したタカコナカムラ。大きく変えようとせず、心の中で「15度だけ舵を切る」静かな決意を語ります。完璧を目指さず、日々の感じたことや未来に残したい知恵を等身大で綴り始める心の記録。
2025年12月10日


「料理は未来をつくる」―私が再びホールフードを伝える理由。
亡き友人との約束を原点に、新決意で「未来をつくる料理」を提唱するタカコナカムラ。ホールフードを単なるテクニックではなく、土や生産者といった背景を「まるごと考える」生き方であると定義します。情報に惑わされず自身の体と心に耳を傾け、明日の一杯の味噌汁から未来を変えていく選択を呼びかけるメッセージ。
2025年12月6日


お節を捨てる国に、未来の和食はない
スクール20周年の節目を前に、年末恒例だった「お節料理講座」への熱い想いと危機感を語るタカコナカムラ。お節が“デパ地下で買うもの”へと様変わりし、手作りの機会が減る現状に「和食文化の消滅」という強い危機感を抱き、大量消費の時代だからこそ今一度取り戻したい「お節の本当の意味」を紐解きます。
2025年12月4日


樋口直哉の極上のおもてなしプラントベース料理
料理家・樋口直哉氏の自宅で極上のプラントベース料理に感動したタカコナカムラ。環境のために植物性を選ぶ哲学や、計算された旨味の技術に圧倒され、多忙を極める氏を招いた特別講座の開講を決意します。美味しさの概念が変わり、料理が環境への貢献に繋がる、未来のサステナブルな食卓を提案する記録。
2025年12月2日


お盆とご先祖様
8月13日の夕方にお墓にご先祖様を迎えに行く。墓に向けて背中を差し出し、『さぁ、帰るよ』と声をかける。 その日からご先祖様たちは、3泊4日、16日の早朝にあの世の扉が閉まるまでにお帰りになるらしい。 我が家にはリビングに、友人のデザイナーが作ってくれたモダンな仏壇が鎮座。 お盆とお正月、お彼岸には、ステージ(?)が迫り出す作りになっております。 朝晩、私たちと同じ食べ物をお膳に作りお供えしています。晩酌も忘れずに。 こういう仏事も姿を消しつつあります。 結婚しない人も増え、子供の数も減り、もはや『墓』も『お盆参り』も本来の意味を理解する人もいないのです。 かつて、『千の風にのって』あたりから、 墓には誰もいませんが広がり、墓参りの価値が薄くなってきた気がします。 うちの母親は、立派な墓や長い院号にこだわり、生前に院号もゲットし、お墓に灯籠やらオプションの細工物を建てることに異様な情熱を持っていた。 そういう人は、もはや天然記念物。 夫婦でも、夫の墓には入りたくないという妻も増え、おひとり様は、合同墓地を予約。 なんだかなぁーーと考えさせられる20
2025年8月16日


4回目の葬儀参列
私は、これまで、3回、生徒の告別式に参列しました。 これほど、悲しくて情けないことはありません。 入学前から闘病中で、やっと探して入学してくれる人も少なくありません。 もちろん、ベジブロスやホールフードの料理メソッドを通じて 「生きる力」を見つけ元気になっている生徒もいます。 昨年、基礎コースに入学してくれた女性がガンで天国に旅たちました。 「もう二度と生徒の葬儀になんて出たくない!」と心に誓い、嫌われようが 批判されようが、食だけではだめだ、暮らし、農薬、環境まで考えないと 「健康」になれないことを料理教室を通じて訴え続けてきた私。 告別式は、故人の人柄を表すように、同世代の若い友人たちが目を真っ赤にしていた。 ひとりで立つのがやっとの大学生の娘さんを私はまともに見ることができませんでした。 病気にならないために、通ってくれたんだと思う、それなのに、こんなに早く旅立つなんて・・・・ 先生、失格。 遺族に責められても仕方がないと思います。 昭和医大に入院して闘病していた彼女は、朝日をみては、希望を持ち、戦うとメールをくれていました。...
2025年7月26日
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