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タカコナカムラ時々ブログ


料理を科学する男
日本の料理人の地位が低すぎると感じてきた私。 フランスでは、アーティストと同じ扱いですぞ。 割烹料理店で生まれ育ち、常に住み込みで、『板場さん』と暮らしてきた。 お世辞にもまじめな板さん、、、、いなかった。 私が夫・シェフと結婚を決めたとき、父親に電話したら 『板場かぁ?』と残念そうなリアクション。 『イヤイヤ板場じゃないって、イタリアンのシェフよ』 『それ板場じゃろ?』と。 そこからの夫の頑張りは、ここに書く必要もない。 夫婦で、板場呼ばわりされないよう、息子にも常に、胸を張り、親の背中を見てもらえる仕事をした方つもり。 樋口直哉さん。今、売り出し中の『伸びしろ半端ない』料理人です。 服部調理師学校の学生だった頃、夫・シェフは、樋口さんに教えたこともおるらしい。 調理師学校の先生を経て、小説家としても、賞を獲得し、何屋がわからない程、活躍されている樋口直哉さん。 調理の温度にこだわり、食材が最も美味しいおんどを科学的に解説されるわ、昔ながらの和食の都市伝説を一網打尽にしてくださる。 例えば、筍を茹でるとき、必ず『ぬか』『唐辛子』必須アイテムでは
2024年6月19日


ホールーフード基礎コースのススメ
私の尊敬する大先輩、『ぼっちな食卓』の著者岩村暢子さんに過去、何度となく聞かれた質問 『タカコさん、何故料理を教えてるの?』 未だに、答えていない私。 『お金が儲かる』からだけは絶対ない。 料理が好きだからとか?世の中のためになるから? 食育活動?違うんだよねー。 割烹料理店に生まれ育った私、死んでもこの仕事を継ぐのは嫌だった。 常に板場さんや中居さんと暮らし、家庭の食卓もなく、調理場の片隅で店が始まる前に急いで食べるのがナカムラ家の日常。 メニューは、魚のあら煮は定番。刺身の切れ端、前日の茶碗蒸しや天ぷらの残り、、、、 食材は豪華だったと思うが、おかげで、どれも私は嫌いになった。 普通の家に生まれたかった。サラリーマンと結婚したいと、できるだけ実家から離れた大学に進学し、遂に東京に40年も暮らしている私。 しかも、あれほど嫌いだった料理を生業とし、夫はリーマンどころか、料理人、イタリアンの板場だ。 人生どこでどう狂うかわからないもの。 何故、私料理を教えてるんだろ? 親の仕事を継ぐという事は、当たり前かも知れないけど、とても稀な事になっている。
2024年4月29日


旅の学校〜埼玉県と高崎市
『農的暮らし』を私はする事が理想です。 農的暮らしとは? お天道様と共に暮らします。 夜明けと共に起き、畑に行く。朝ごはんを食べて、 山や森を眺めてコーヒーを飲んで、読書。ゆっくり畑へ行き、お昼まで野良仕事。 黄昏の時間。 いい音楽とクラフトビール。くいっ。 ゆっくりと、季節の野菜の前菜からのその日の料理に合わせた酒と音楽を楽しむ。 風呂に入って10時に床につく。 これが農的暮らし。農業が暮らしの軸となる。 かつて、日本人はこんな暮らしをしていたと思う。 どこの家庭にも小さな畑があり、そこでねぎや大葉、山椒など、ちょっとした野菜は自家製だった。 そんな農的暮らしを実践しているのが、今回訪ねる高崎市で、『北斗の森』を営む、石曽根俊明、栄子さん夫妻。ペットは、山羊のメエちゃん🐑 栄子さんの実家は農家。後を継ぐ事なく、いざ東京へ。バリバリの編集者としてキャリアを積む。 そんな時に通ってくれたのがタカコナカムラホールフードスクール。 一方の俊明さんもランドスケープデザイナーとしてバリキャリ。 恋に落ちた2人❤️俊明さんはキャリアを捨てて農家に婿入り。.
2024年4月5日


ホンモノによるホンモノのためのホンモノの出汁取り
世の中には、『ホンモノ』と『なんちゃって』に分かれると思う。 今は『なんちゃって』が受ける時代。それは、なんちゃっては、ホンモノのコピーだから、安いし、軽いし、薄っぺらぺら。 でも、それが『なんちゃって』好きにはちょうど良いらしい。 私は、常に、一流を目指してきた。すまん、まだ一流ではないのだが、目指すのは一流。 だから妥協もないし、料理とて、王道はないと思っている。 何かを習うならば、ホンモノの人に習わないと絶対ダメだと思っている。 私たち一般社団法人ホールフード協会の法人メンバーは、現代の『虎の穴』、つまり、誰でも入れない、ちゃんと真っ当にモノ作りをしている人、企業でないと入れないのでありますよ。 うっかり入会しても、なんちゃっては、自ずと消えていきます。 私、思うに、ホールフード協会こそ、ホンモノ集団ではないかと自負しております。マジで! その法人会員001番が、東京晴海のかつお節問屋タイコウであります。 かつお節を選ぶときのベンチマーク!自然と タイコウが、私のかつお節の基準になっているきがする。 なんとなく、和食や出汁取りも、ちょっとし
2024年3月28日


包丁の守り(もり)
調理道具で一番大切なものは何か?と聞かれたら、鍋フェチの私は『鍋』と言いたいところですが、 『包丁』だと思います。 切れない包丁で切ると、食材の切り口はぐちゃぐちゃになり、ドリップが出たり、食感が台無しになる。大トロをイメージしよう、イカ、河豚、どれも 極端に味落ちます。 トマトもわかりやすい。切れる包丁で切ると中の果汁は出ない、細胞が崩れない=美味しいとなる。 そ、そんなアホなぁーーーと思うならば切り比べされば、明らか。だから、板前さんは包丁は命。 昭和のヒット曲にも『包丁一本、晒しに巻いて旅に出るのが板場の修行ーー🎵』があった。(古い!) ホールフード協会法人会員かつ、私の大好きな京都の仲間が食材道具竹上の店主廣瀬康二さん。 世界でたった1人『包丁コーディネーター』の肩書きを持つ奇才。 廣瀬さんは、コテコテの京都人。 京都弁だけやおへん!その根性や性格まで、メチャメチャ京都人です。 『いけず』なとこ、人当たりの良さ、伝統や流儀を重んじること、意地悪さ、ほんまに、これぞ京都人を地で行かれてます。 廣瀬さんは、包丁のメンテナンスを『守り』と表現
2024年3月12日


豆味噌仕込もうぜ
調味料としての『KING OF MISO』は、やはり、悔しいけど、豆味噌ではないかと思います。 それは、味噌汁や味噌漬けを超える調味料として考えると、豆味噌は、日本脱出の際には、持って行く。 豆味噌は、愛知県、岐阜県と三重県の一部で食される地域性がめちゃ高い味噌。全国区ではない。 ましてや関東に教室を構える私たちにとっても、馴染みが薄いと言える。 うんにゃ、違う。 私たちホールフードスクールのスタッフは、みんな豆味噌が好き❤️ それは、洋食との相性も良く、味噌の中では、最も守備範囲の広い味噌なのです。 そもそも、豆味噌や八丁味噌は、大豆麹と塩水だけで味噌を仕込みます。これは、かなりの熟練者でないといい豆味噌にならん。 自称・味噌マエストロのタカコさんも、豆味噌仕込みはやってこなかったのです。難しすぎて! しかし三河醸しツアーで訪れた知多半島の中定商店との出会いは、私を豆味噌に引き寄せてくれました。 初めて蔵主の中川安憲さんに仕込みを習った時、 その仕込みのユニークさにびっくり、仕込み立ては、生地がめちゃくちゃ柔らかく、塩蓋も置かない。...
2024年3月5日


ベジブロスをはじめよう
『ベジブロス』誕生のヒストリーをお話しします。 1983年頃、今話題の『文春』に、ジャーナリストであり栄養学者の故・丸元淑生先生がアメリカでベストセラーになった『ビタミンバイブル』を翻訳され、その連載が掲載されていた。 その頃は、日本人はビタミンやサプリメントを飲む習性はなく、あたりまえですが、栄養は食べ物や飲み物からという考え。 丸元先生の連載ファンから、先生の本を読みあさるようになったタカコ20代でした。 丸元先生は、『システム栄養学』と称し、アメリカの最新の栄養学や『オプティマルな料理方法』を多くの著書に書かれていた。 どれも、私は、強く関心を持ち、豆やスプラウト、全粒粉など片っ端から試して、その美味しさや栄養効果を体感し、益々、丸元先生のファンになっていた。 その頃は、先生へも質問をファンレターとして、送ったりしていたなぁ。 先生の理論は、従来の栄養学や調理法とも全く違う、新しい何かを感じていた。 どの本も素晴らしいのですが、なんたって 『生命の鎖』は私の生き方も進む道まで変えた指南書でした。 『私たちが食べるもので世界の環境が変わる』そ
2024年2月1日


五感を呼び覚ます料理家
私の夫は、イタリアンのシェフです。 料理は天才的に旨いと思う。日本のイタリアンでは、一番旨いと、ずっと思っています。 のろけあるのではなく、プロの料理人として、心から尊敬できるから、33年間も一緒に暮らしていけてのだ。 でも、やっぱり、レストランの料理。 『家では、そんなことしないわ』『その油の使い方あり?』みたいなことは日常茶飯事。 料理家『朝倉玲子さん』は、イタリアでの修行を経て、オリーブ油やイタリア食材のインポータ。 料理がめちゃくちゃ旨い。そして、プロ用ではなく。家庭でいかにイタリアンを簡単に美味しく、そして、健康的な料理を作るかに特化されています。 油の使い方、野菜や豆の使い方は、他では見れない、さすがです、さすがー!なるほどねー! と講座中つぶやき続けるほど。 朝倉さんの講座のタイトルは、 『五感を呼び覚ますイタリアン』まさに、五感を使い料理をするということは、どうするのかを教えられます。 朝倉さんは小柄で、メガネ。決して、オシャレで、スタイリッシュとは程遠い。 でも、料理する姿は、めっちゃ、カッコいい。 白いエプロンがうんと似合って
2024年1月26日


2024年幕開け
あけましておめでとうございます。 と言っても、年明けから能登半島の地震や日航機の事故、めでたいとは言えない。 被災地の方に心を寄せながら、スタートしましょう。 年末ブログの続きです。 2023年料理を教える事に終止符を打つ事を心に決めて、12月を迎えたのでした。 16年間お世話になった福岡市の西部ガスショールームでの講座も1月で最後となります。 16年福岡に通い続けたのですよ、寂しい。 12月2日の福岡校忘年会では、 私の引退を話すつもりで参加したのですが、卒業生たちのホーフルードへの想い、月遅れの誕生日ケーキのサプライズと、 とても、言えねーーーという感じで帰りました。 そして、次に望んだのが12月8日の群馬県下仁田納豆でのベジブロス講座。 オーナー夫妻とは、かねてより交友あり、この会は妻のゆみさんが、3ヶ月に1度、いろんな方を招き、夜に講座をされています。 いつものように、ベジブロスの取り方、 さつまいも炊き込みご飯、そして、もち!下仁田納豆を使っての麹納豆を作りました。 そこに家族で参加されたのがみなみちゃんファミリー。...
2024年1月6日
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